
ジャズとヒップホップを自在に体現し、音楽シーンに旋風を巻き起こしてきたロバート・グラスパー。近作『ブラック・レディオ』でグラミー賞も獲得した彼は、一体どんな人物なのだろうか? ルーツは? 曲作りのスタイルは? 東京・青山のジャズクラブ「ブルーノート東京」でのライブのために来日したロバートを直撃。彼の大ファンであり、人気ブランド〈ノンネイティブ(nonnative)〉のセールスにして、セレクトショップ〈ベンダー(vendor)〉に並ぶCDもセレクトする"業界きっての音楽フリーク"福永良輔が、希代の天才ピアニストに問いかける。特にヒップホップ好きは必読!
Photos_Munehiro Saito[S-14]
Interview&Text_Ryosuke Fukunaga
Edit_Masaki Hirano
福永: 昨夜の「ブルーノート東京」でのステージを見させてもらったんだけど、そのときに着ていた"RAP-LIES=HIPHOP"というTシャツが印象的でした。今日もJ・ディラのTシャツを着ているよね。何か特別な思いがあるの?
ロバート: J・ディラとは一緒に仕事もしたことがあるんだけど、僕がいちばん好きな、そして最高のビートメイカーだよ。
福永: J・ディラは最高だね。ヒップホップにも精通するロバートから見て、最近のヒップホップシーンはどう思う?
ロバート: 正直に言うと、長い間、ヒップホップのシーンには飽き飽きしていたんだ。どのアーティストも語っている内容が、女性や宝石、クルマ、お金のことだったり。みんな同じことばかりを言っていてつまらなかった。いわゆるリリシストという存在がいなくなっていた期間がすごく長かった。でもこの間、ケンドリック・ラマーがすごく激しい曲を出して、多くのラッパーを敵に回したよね。(※下記参照)あの曲が世に出たことで、特に若いラッパーたちが刺激を受けて目を覚まして、「くそー!」という気持ちになっていると思うんだ。だからこれからまた、本当のリリシストが新たに誕生したり、そういうラップを聴かせてくれる人が出てくるんじゃないかな。良い意味でヒップホップの再来が始まると思うよ。
福永: なるほど。僕は特に90年代の前半から中盤のヒップホップが好きで、昨日のライブに来ていたお客さんたちの多くもおそらく同じような人たちだったんじゃないかと。ロバートが作る曲やライブには、そういうヒップホップな要素が感じられる部分があって、そういうところにシンパシーを感じている人がたくさんいると思うんだ。もしよかったら、影響を受けたヒップホップのアーティストや、よく聞いたアルバムを教えてよ? まあ、それ以外も含めてもいいんだけど、よく聞いたのって何?
ロバート: アーティストだと......オスカー・ピーターソン、チック・コリア、ビリー・ジョエル、ブルース・ホーンズビー、ア・トライブ・コールド・クエスト、バスタ・ライムス、DJプレミア、ピート・ロック、アニタ・ベイカー、ルーサー・ヴァンドロス、ハービー・ハンコック、カーク・フランクリン、他にもレディオヘッドやビョークも聴くよ(笑)。
福永: いいね、いいね。じゃあアルバムではどう?
ロバート: ビリー・ジョエルの『ストーム・フロント』 、チック・コリア・アコースティック・バンド『アライブ』、レディオヘッド『アムニージアック』、ア・トライブ・コールド・クエスト『ミッドナイト・マローダーズ』、ピート・ロック『ピートストゥルメンタルズ』あたりかな。
福永: たくさんのアーティストと一緒に曲作りをしているけど、その経緯なんかはどういったものなの?
ロバート: 最初の『ブラック・レディオ』に参加してくれたアーティストは、みんな知り合いだね。自分でメールを送ってお願いしたよ。もうすぐリリースされる次のアルバム『ブラック・レディオ2』は、半分は個人的な知り合いで、残りの半分は知り合いではない人たちだった。ただ、グラミー賞を取ったことで、向こうが僕のことを知ってくれていて、話しがとてもスムーズに進んだんだよ。
福永: なるほど。そういう意味でもグラミー賞の影響は大きいんだね。
ロバート: お願いした人たちみんなが、僕の次のアルバムが音楽業界において、重要なポジションに位置するだろうと思ってくれたんだと思うんだ。僕が参加してほしいと思うアーティストは、それぞれがオリジナルのサウンドを持っている。それが選ぶ条件でもあると思うよ。特にこの業界は誰かの真似をする人が多くなっていると思うからね。
福永: オリジナルの音楽を作るためのインスピレーションや原動力はなに?
ロバート: いろいろなタイプの音楽やアーティストに影響を受けてきたから、誰か特定のアーティストをコピーしようと思ってもできないんだよね。好きなものがあまりにも多いし、何をコピーしていいのかわからない。結局はいろいろなものに影響を受けて、自分の音楽を作っていくしかないと思ってるよ。例えばミックスジュースで考えてほしいんだけど、リンゴとオレンジしか持っていなかったら、いつも同じ味にしかならないよね? でもそこにイチゴやキウイ、マンゴー、野菜があれば、ジュースの味も無限に広がる。そうやって組み合わせていくことで、自分の音楽ができる。それがオリジナルの音楽なんだと思う。
福永: 曲作りの行程をもう少し具体的に教えてもらえるかな? ピアノを弾きながら作るの?
ロバート: ピアノの前に座った瞬間に、魔法のように曲が浮かぶ人もいると思うけど、僕はそういうタイプではないね。バスに乗っているときや、バスケットボールをしているとき、シャワーを浴びているとき、そんな日常の瞬間にフレーズが浮かんできて、それをボイスメモに鼻歌などで残すんだ。それを家で聴き直してピアノで組み立てていくよ。2003年からすべてのアルバムをこのやり方で作ってるよ。
福永: 『ブラック・レディオ2』の発売前ではあるんだけど、このアルバムの後はどんな動きになっていくの?
ロバート: まだ内容はまったく考えてないんだけど、この次も恐らくコラボアルバムになると思う。あと、いずれゴスペルものもやってみたいと思ってるよ。今回の『ブラック・レディオ2』が、どのくらいの人に受け入れられるのか、どんな評価を受けるのか。それによって次にどんなアルバムを作りたくなるのかが決まってくると思う。やっぱりひとつの作品をリリースするたびに、自分の立ち位置や状況もいろいろと変化すると思うからね。せっかく上がっていっても、それまで積み重ねてきたことを大事にせずに、まったく違ったことをやるとすぐに落ちてしまう。僕はいつもホットでいたいから、このアルバムが僕をどこに導いてくれるのか、その先でどんなことを考えるかによって今後の動きも決まってくると思う。
福永: ちなみに、音楽以外に興味のあることはある?
ロバート: スポーツと映画かな。いつかは映画のスコアを作りたいという気持ちがあるんだ。だから映画やドラマは常にチェックして勉強しているよ。
福永: それでは最後に。長期的に考えて、どんなアーティストになっていきたいと思ってる?
ロバート: 難しい質問だなー。例えば、クインシー・ジョーンズのようなアーティストかな。彼のように現役を退いてしまうのではなく、ずっと演奏し続けていきたい。あ、ハービー・ハンコックとクインシー・ジョーンズを足して2で割ったようなアーティストがイメージに近いかもしれないね。
ロバート・グラスパー
1978年4月6日、テキサス州ヒューストン生まれ。ピアニスト、作編曲家。母親の影響で、一家が住む教会でピアノを弾き、ゴスペルやジャズ、ブルースといった音楽に触れる。青年期に入り、ヒューストンの有名なハイスクール・フォー・ザ・パフォーミング・アーツへ入学。卒業後、マンハッタンのニュー・スクール・ユニヴァーシティに入学。在学中にクリスチャン・マクブライド、ラッセル・マローン、ケニー・ギャレットなどとギグを行う。その後、ニコラス・ペイトン、ロイ・ハーグローヴ、テレンス・ブランチャード、カーメン・ランディ、カーリー・サイモン、ビラル、Qティップ、モス・デフなど、ジャズ~ヒップ・ホップまで幅広い分野の面々と共演する。
2003年、デビュー・アルバム『モード』(フレッシュ・サウンド・ニュー・タレント)をリリース。2005年、ブルーノートと契約。同年、移籍第1弾『キャンバス』をリリースし、ジャズやゴスペル、ヒップホップ、R&B、オルタナティブなロックなどのエッセンスを取り入れた革新的なスタイルで、各方面から高い評価を得る。2007年、ジャズとヒップホップを結びつける究極のピアノ・トリオ作『イン・マイ・エレメント』を発表し、ブルーノートの新世代ピアニストとしてさらに注目を浴びる。2009年、よりアコースティック志向の"トリオ"とよりヒップホップ志向の"エクスペリメント"の自身が推進する2つのバンドを1枚に集約した、グラスパー本来の姿を投影した話題作『ダブル・ブックド』を発表。エリカ・バドゥ、モス・デフなど彼と交流のあるシンガー、ラッパーをフィーチャーし構成された作品は多方面から絶賛され、米ビルボード誌のジャズ・チャートで1位、さらに第55回グラミー賞(2013年2月)では最優秀R&Bアルバムを獲得。最高の栄誉を得た。そして2013年10月23日に、続編となる『ブラック・レディオ2』をいよいよ発売する。
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