
ファッション誌のエディトリアルやファッションブランドの広告を中心に活動するフォトグラファー水谷太郎氏が、自身初となる個展を開催。旅の中で記録した作品を、ネイチャーフォト、ファッションフォト、ソーシャルランドスケープの3つに分け、それらを「New Journal」と銘打ち展示する。4人の写真家と共に開催した合同写真展「流行写真」からわずか8ヶ月。今回の単独展にはどのような思いが込められているのだろうか? 聞き手は水谷氏をよく知る、アートディレクターの永戸鉄也氏。距離の近い2人だからこそ聞ける、話せる内容に、"ファッション写真"のこれからを思い做す。
Interview_Tetsuya Nagato
Edit_Masaki Hirano
永戸氏(以下永戸/敬称略): 今回「New Journal」という個展を11月1日から開催されるそうですが、どのような経緯で、この個展を開催することになったのか。そこから教えてもらえますか?
水谷氏(以下水谷/敬称略): 今年の3月に開催した「流行写真」というグループ展を見てくださった、「Gallery 916」のキュレーター後藤繁雄さんから声をかけていただいて、その後、オーナーの写真家の上田義彦さんに展示内容を提案しました。「Gallery 916」のメインルームの方で、操上和美さんの個展は決まっていて、小さい方のギャラリーsmallでやりましょうという感じで話しが進んでいきました。
永戸: なるほど。太郎くんは「Gallery 916」のことは知っていた?
水谷: はい。展示を見に行った事もあるし、以前に撮影で使ったことも。
永戸: そうなんだ。
水谷: はい。それに、いま東京にある写真のギャラリーで、いちばん大きくて話題性のある場所だと思うので、お話しをいただき光栄だなと。
永戸: 操上さんと一緒にやることに関して何か思うことは?
水谷: いや~。恐れ多いというか。ただ隣のスペースでやるだけなのですが、緊張とか光栄とか、操上さんと一緒ということに何かしらのプレッシャーを感じてますね。
永戸: 次世代の操上和美は俺だというような......(笑)。
水谷: いやいやいや(笑)。そんなことは全くないです。でも操上さんは商業写真をベースにしていて、コマーシャルフォトのトップランナーだと思うんです。僕もいわゆるファッションとかコマーシャルな写真家だと思っているので、そういう共通性みたいな部分にはおもしろ味というか、キュレーション側の意図があるのかな? とか、変な深読みはしましたけどね。
永戸: それはあるのかもしれないね。916は単純なギャラリーっていうだけではないよね。何と言っても写真家・上田義彦さんがやっているわけだし。
水谷: そうですね。この個展をすごくクラシックな写真ギャラリーでやるっていうのとは、多少自分のモチベーションとか意味合いも大きく変わってくると思うんです。
永戸: はい。
水谷: そういう意味では、割とすんなりやろうかなと思いました。
永戸: 今の太郎くんには最高のリングが用意された感じだよね。
水谷: 感謝しています。
永戸: じゃあちょっと。話しを先に進めていきましょう。今回先に一部の展示作品や会場の展示模型も見せてもらったわけですが、3方向の被写体になっている意図というか、事前に3つの被写体でいこうと思ってたのか。もしくは、やっていくうちにその3つになっていったのかを教えてもらえますか?
水谷: うーん。いちばん最初に話をもらったところから思い返すと、最初は何かアーカイブの中からやろうかなとも思っていたんです。
永戸: うん。
水谷: ただ、僕の今までのキャリアを考えると、写真作家ではなくてあくまでも商業ベースのファッション・フォトグラファーだっていうところを明確に思うところがやっぱりあって。途中の段階でアーカイブというよりは、今おもしろいものとか瞬発的に撮ったものとか、そういうものをまずは素直に出そうと思ったんです。そこでひとつの明確なコンセプトができあがった感じです。
永戸: そうなんだ。
水谷: そう思ったときに、ファッションとかネイチャーフォト、社会的な風景みたいに、ジャンルやボーダーみたいなことで被写体を分けることを、自分の中ではそんなに意識してないところがあることに気がついたんです。今何がおもしろいかってことをダイレクトに考えたときに、いろんなところの被写体があったんです。自分自身がそう思ったということは、そういう展示があっても今の僕だったらありなんじゃないかっていう。まあ過程の中で段々そういう考えになっていったということですね。
永戸: 僕はそれを見せられて、太郎くんにヌケ感を感じたんですよ。清いなっていうか、自分のスタンスをここまで明確に提案するんだっていうところに。
水谷: うーん。
永戸: このスタンスさえ分かっちゃえば、もう敵はいなくなるんじゃないかな? みたいな気がしたんですね。
水谷: なるほど(笑)。
永戸: 撮れるものはみんな撮ってるわけじゃない? あとはどう自覚して見せて行くか、だと思うんだ。
永戸: それで、今回の個展のタイトル「New Journal」という言葉もおもしろいなあと思ってるんです。
水谷: うんうん。
永戸: 実はそれが次の質問なんですけど。「Journal」という言葉は、大体「報道」、「新聞」、「雑誌」などの定期的な情報や出版物みたいなものを指すんですけど。もう少し調べてみると、コンピューターのファイルの変更履歴とか格納領域みたいな意味もあるんですよ。
水谷: そうなんだ(笑)。それは知らなかったですね。
永戸: おそらくは更新していくという部分に、「Journal」という言葉のポイントがあるってことなんだと思うんですね。
水谷: はい。
永戸: そういった、新しいジャンル感、みたいなネーミングがキュレーター・編集者である後藤さんの真骨頂だとも思うんです。
水谷: そうですね。
永戸: その前になんか、何とかワイルドネスみたいな案もなかった?
水谷: ありました。「New Wildness(ウィルダネス)」みたいな。新しい野生とか新しい自然みたいな。そういうところからスタートした言葉ではありますね。
永戸: だけども、「Journal」は自然も含む訳じゃないですか。結局そこにはファッションも、アートも、自然も、全部「Journal」だって言い切っているのかなと。そしてそこに「New」って言葉を付けることで、さらに抽象的に見えるというか、テキストではなく図案だったり画像でイメージできるところに持っていこうとしたんだと思うんです。
水谷: そうですね。まさに、そういうことだとは思うんです。自分の意識としては「Journal」という言葉の捉え方としては、私的な「日記」みたいな言葉のニュアンスもあると思うんです。「New Journal」だから新しい日記。自分自身の環境や状況から見えてくる被写体、瞬発的につかむ時代性というか目線からでもいいのかなって感じました。タイトルに関しては、後藤さんとの話し合いの中で気に入ったというのはもちろんなんですが、これまでの写真史を振り返っても、今のスピード感ってすごく早くなっている時代だと思うんですね。
永戸: うん。
水谷: 例えば、ある写真作家が10年20年同じテーマで根を詰めて撮った作品の力っていうのは、普遍的な良さがあると思うんですけど、今は世界的に見ても、もっとフットワークの軽い作品がたくさんありますよね。ZINEのブームみたいなものも、もしかしたらそういうところと関連があるように思うんです。フェイスブックとかインスタグラムみたいなものがあって、写真がその場でどんどん共有されて「いいね!」ってシェアし合う。そういうスピード感で写真が扱われてく時代の中で、写真家も今だからこそどういう表現がおもしろいのかみたいなことを考えられたらいいなと思うんです。
永戸: なるほど。じゃあ今回の個展は、従来の展示方法だけど、込めた思いは今までの展示からはちょっと違う方向性を模索し始めているということ?
水谷: というところはかなりありますね。今の自分を考えた上でのは。
永戸: で、前回の「流行写真」をやってからこの展示までって、けっこう早かったと思うんだけど。
水谷: 早かったです。もう「流行写真」が終わって1ヶ月後ぐらいに今回のお話しがあったので。
永戸: なるほど~。ということは、1人抜け出たわけだ。
水谷: そういう意味ではとらえてないですよ(笑)。「流行写真」の展示をきっかけに得るものも多かったですが、同時にあぶり出された事も多かった。つまりは作家宣言なんてできないし、する必要もない。単純にここから自分でどうするかっていうことを明確にビジョンとして持ってなきゃだめだなと思ったんです。
永戸: 「流行写真」の後の打ち上げで、僕は太郎くんの写真を"上質なストックフォト"という言葉を使って評したんだけど。多分、太郎くんって何を撮っても絶対に重くならないっていうか、重厚な写真は撮れないし、撮らないなと。誰が撮っても重くなってしまう被写体があったとしても、太郎くんだとライトに撮ってしまう特殊な人のような気がするんだよね。どんなに踏み込んでも、ストックフォトはストックフォトだろうって言われてしまうような軽さの部分と、太郎くんの写真がちょっとつながるように感じられて。作家なのにストックフォト的というか、そのあり得ない組み合わせが、実はちょっと新しいおもしろさだなって僕は感じているんです。
水谷: 永戸さんらしい解釈(笑)。
永戸: で、その大衆性というか、ある種の軽さの部分がファッション性なのか、もしくは今の時代の画像や写真の扱い方とかにも似ている気がして。太郎くんは自分自身の写真をどういう写真だと思っているのかな?
水谷: そういう意味では、やっぱり自分はファッション・フォトグラファーなんだろうなっていうのはすごく思いますね。この先にどう思っていくのかは分からないですけど、現時点ではやっぱり商業写真家だしファッション・フォトグラファーだなっていうことを「流行写真」のときにも再確認したし、だから今回は自信とか自覚を持って、何ができるのかを考えられたと思います。永戸さんに"上質なストックフォト"って言われたときに、どこかでショックだったんですね。でもよく考えてみれば自分の写真は今まで、求め求められるクライアントとの関係で生まれてきたもので、自己表現ではあるけれど、依頼があるなかで成立させていくでしたし。
永戸: うんうん。
水谷: そう考えたら、その"上質なストックフォト"っていう言い方は、もしかしたらすごいポジティブな言い方なのかもしれないなって、自分で消化しちゃったところはありますね。
永戸: そうだね。「流行写真」という言葉の提案と一緒で、一周半まわって、ポジティブな意味合いでとってもらえればいいかなと(笑)。
水谷: 大衆性とか時代性みたいなものは、写真家が捉えるべき対象であるっていうのは間違いないし、それが写真作家であろうとファッション・フォトグラファーであろうと、同じ時代性をくみ取るっていうことに関しては、とても写真的なことであると思うんです。
永戸: 重厚さや、文学のような写真と、片やペラペラな画像で日々撮って捨てられていくような、インスタグラムやプリクラみたいな画像も、同じ時代の画像としてあるわけで......。
水谷: ジャパニーズフォトは海外からすごく評価されていると思うんですけど思うんです。ニューヨークとかヨーロッパの写真のシーンを見ていると、既存の概念を壊したおもしろいことをやっている人たちがいるし評価されはじめているし、そういう人たちの受け皿もある。この先、日本もそうなってくれば、ギャラリーとかメディアの中で、もっとやれることがあるだろうなって感じていたりもしますね。雑誌に出るファッション写真はより写真的なものを欲しているし、ギャラリーに並ぶ写真は強い同時代性やスピード感やストリート感を欲していると思います。
永戸: なるほど。ギャラリーに所属したいと思っている若い作家よりも、ファッション写真家を志してる人の方が未来があるかもしれない、と?
水谷: って、そんな大それたこと言ったら、ちょっと大変なことになるんですけどね(笑)。でも世界を見てみると、日本でも有名なライアン・マッギンリー、ティム・バーバーやアレックス・ソスしかり、多角的で早い印象がまずありますよね。
永戸: 今回の個展で、どれぐらいプリント売れるだろうね?
水谷: いやいや(笑)。でも、ちょっとおもしろいところだなって思っているのが、「流行写真」のときは、ファッション関係の人たちがたくさん来てくれたんですけど、「Gallery 916」は写真のギャラリーなのでどうなんだろうと。というか、ほとんどは操上和美さんの写真を見に来る人たちだと思うんですよ。で、その800円の入場料を払って、僕の写真もついでに見てもらえるっていう(笑)。
永戸: そうか。あれは太郎くんへの入場料じゃないわけだ。
水谷: そうなんですよ。だから自分的にはそこはすごくおもしろい。僕のことを知らない人が僕の写真を見てどういう風に感じてくれるんだろうと。こいつの作品そこそこ良いし、安いから買ってみようかな? みたいな人が出てきてくれたら、ちょっと嬉しいですけどね。
永戸: それは出てくるんじゃないかな。
水谷: そうですかね。
永戸: と、思うけどね。では次の質問に行きます。太郎くんはファッション・フォトグラファーとして仕事をしているわけですが、撮影する側として東京の今のファッションについてどのように感じていますか?
水谷: そうですね。ファッションって最終的になんなんだろうってことを考えたときに、スタイリストの山本康一郎さんが言っていた「出かけたくなることじゃないかな」って言葉がすごく心に残っているんです。出かけたくなるような高揚感とかを写真を使って伝えられることが、いわゆるファッションとかファッション写真につながっていくのかなっていうのは未だにありますね。
永戸: なるほど。
水谷: だから自分が旅行に行って写真を撮ったりしても、どこかでファッションっぽく見える瞬間があったりして。そういうのがあるから「出かけて~」みたいな願望がいつもあるというか。
永戸: そういう感じに太郎くんの軸があると思うんだよね。例えば、旅だったり、聴いてる音楽だったり、考え方だったり、何かを食べながらラフに歩いてるみたいな雰囲気がね。
水谷: ほんとですか?
永戸: だから旅に行って普通に風景を撮っても、言わなくてもファッションだよっていう雰囲気が漂ってるっていうのは、そういうことだと思う。決して冒険家が撮った写真じゃないよね。
水谷: そうですね。例えば今撮った写真は2013年に自分が見た風景であって、それってすごい写真的だなと思うんです。その瞬間にしかないという点ではファッション的であって、時代性みたいなことと総括するとリンクしていて、自分の中ではすごくダイレクトなことなんです。今ここがおもしろいから行ってみよう、みたいな。
永戸: うんうん。それで今回、白い看板を撮ったり。知床まで行ったり。〈アンダーカバー〉の服を借りて撮ったり。それらが全部作品になっている。ということだと思うんだけど。
水谷: そうですね。
永戸: そこがおもしろいと思うんですよ。人によってはそういうことはしないし、線引きしてただろうし。でも、太郎くんの中では展示しますと言ったらすべてが作品になってしまう。
水谷: うーん。何て言うか、自分の写真を高尚な芸術に昇華させようって気持ちはまったくなくて。さっきの話しとも重複するかもですが、写真を取り巻く環境はもっといろんなメディアというか多角的であっていいと思っているんですね。自分が撮るものは仕事でもプライベートでも自分の写真だし、それは揺るがない。それがどう変化していくのかを客観的に見るのはすごく普通なことなんです。
永戸: うん。でも多くの人は分けてきたんだよね。
水谷: 「流行写真」以降、もっと自由でいいんだって思っちゃったんです。
永戸: そこが明確になっちゃったわけだ。別に俺こういうやつだからいいやって......?
水谷: すごく明確になりましたね。「流行写真」をやったことで、WATARUさん、モーリー(守本勝英)、荒井ちゃん(荒井俊哉)には自分には無いもの見せつけられました。いろんな人がいる中で、こんな自分のスタイルがあってもいいよなって思ったというか。
永戸: "どの方向に行っても良い写真家である"と自ら指針を打ち立てたわけだ。
水谷: なんかそういう風になれたらいいなと思って動いてますね。まあ今後どうなることやらですけど(笑)。
永戸: まあ、ある程度いけると思いますよ(笑)。写真はもう間違いないし、色々な提案もできそうな感じだしね。あとはもう太郎くんの心持ちがここからどうなっていくかでしょう。個展もきっと成功すると思います。
水谷: ありがとうございます。
永戸: でも、ファッションの写真家からは、先に行かれたと思うだろうし、美術写真の人たちも、ちょっと脅威に思う部分もあるかもしれない。だって、いつもいろんな被写体を撮っていて、しかもTシャツの写真だって撮る。バンバン作品を出してきて、ついにこのフィールドにまで来てしまったぞと。
水谷: そのくらいになれたらおもしろいですね。
永戸: きっとなっていくでしょう。
水谷: はい。がんばります。
永戸: 楽しみです。
水谷太郎 フォトグラファー 1975年東京都出身。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業後、自身の 写真家活動を開始し現在ではファッション雑誌、ファッションブランドの広告 やアーティストのポートレイトなどを中心に活躍。2013年3月、4人のファッシ ョンフォトグラファーによる合同写真展「流行写真」に参加。作品集に『Here Comes The Blues』。be Natural management所属 www.bnm-jp.com
永戸鉄也 アートディレクター 1970年東京都出身。高校卒業後渡米、帰国後96年よりジャケットデザイン、ミュージックビデオのディレクション、広告やドキュメンタリー映像制作等に携わる。作家としてコラージュ、写真、映像作品を制作。個展、グループ展にて発表している。2013年3月の「流行写真」ではクリエィティブディレクターとして参加。www.nagato.org
水谷太郎 写真展『New Journal』
会場_Gallery 916 small
住所_〒105-0022 東京都港区海岸1-14-24 鈴江倉庫第3ビル6F
tel_03-5403-9161
会期_2013年11月1日(金)~11月23日(土)
開館時間_平日 11:00~20:00/土曜・祝日 11:00~18:30
休廊_日曜・月曜
入場料(18歳以上のみ)_一般¥800、学生¥500(Gallery 916 及び 916 small)
gallery916.com
※メインルームの「Gallery 916」では、写真家・操上和美氏による個展 『PORTRAIT』を同時開催。 会場では、今回の水谷太郎 写真展図録『New Journal』を500部限定で販売。
